八王子の中心※に
邂逅する、
過去出現率0%※の地。
「甲州街道」、「西放射線ユーロード」、
「東放射線アイロード」に囲まれた
駅前トライアングルエリア内では
25階建て以上のタワーマンションも
総戸数300戸以上の大規模マンションも初めての「過去出現率0%」の
プロジェクト。
「甲州街道」、「西放射線ユーロード」、
「東放射線アイロード」に囲まれた
駅前トライアングルエリア内では
25階建て以上のタワーマンションも
総戸数300戸以上の大規模マンションも初めての「過去出現率0%」の
プロジェクト。
多摩地域最大の都市・八王子。
東京唯一の中核市に指定され、
多種多様な商業施設が集積する煌めきの街。
象徴となるタワーが、この街の中心で輝き出す。
「The FINE TOWER」という名を冠し、
明るい未来へと時を刻みはじめる。
街の真ん中、駅のそば、
メインストリートのほとりで。
街のメインストリートのほとりに堂々と建つ「あのタワー」に住む歓び。 通りを行き交う人々がつい見上げてしまうような美しき存在感。 八王子の風景を、空を、新しくするシンボルタワーが現実に。
戦後復興事業において八王子駅と甲州街道を結ぶ3本の放射線状道路が整備されました。 このうち西放射線道路はユーロードと呼ばれ、全長約500メートル、3本の中で唯一の歩行者専用道路です。駅前の歩行者専用道路、ユーロード沿道には多くの店舗が連なり、一日2万人以上の人が訪れる市内で最も活気にあふれた空間となっています。
昭和30年代、「甲州街道」沿いの商店街は国内有数の規模となり、その後、八王子には多くの大型の百貨店やスーパーマーケットも進出しました。そしてメイン通り「西放射線ユーロード」からパーク壱番街通りに入った場所に1970〜90年代にかけて長く愛された西武百貨店八王子店がありました。街に愛された百貨店跡地が建設地となります。
JR「八王子」駅北口を出るとすぐに目に飛び込んでくるタワー。
ペデストリアンデッキの先、西放射線ユーロードのほとりに誕生します。
八王子駅南口に位置する八王子医療刑務所跡地の広大な敷地に、八王子の新たなシンボルとして「桑都の杜」が誕生。公園・ライブラリ・交流スペース・ミュージアムなどが一体になった複合機能施設を整備しています。
八王子市民のサードプレイスとして、
公園を中心にした新施設「桑都の杜」。
学べて遊べて、交流できるだけでなく、
災害時には避難場所になるなど、
環境・防災・ユニバーサルデザインにも配慮された施設です。
江戸時代、織物産業が発展を遂げ、
甲州街道最大の宿場町として
発展した八王子。
桑都という愛称がつけられ、
今も街の色々な場所で、
その名残に出会えます。
今もなお「八王子市中心市街地
活性化基本計画」が進行するなど、
歴史の先に発展は続いています。
明治~大正期
幕末には横浜港が開港され外国との貿易がはじまると、生糸が輸出品の花形に。明治初期には生糸が八王子に集められ、ここを拠点に横浜に運ばれました。
明治22年に甲武鉄道(現JR中央線)が開通。その後、明治41年に横浜鉄道(現JR横浜線)、大正14年には玉南電気鉄道(現京王電鉄)が開通。にぎわいがひろがり、現在の市街地が形成されました。
江戸期
江戸時代に八王子宿で開催されていた「六斎市」に繭や生糸、織物などが集まるようになり、八王子宿から出荷された織物は「八王子織物」と呼ばれるようになりました。
甲州道中は江戸五街道のひとつで富士山や高尾山へ向かう人々でにぎわい、甲州道中最大の宿駅として大きく発展。同時に、「桑都」という愛称が知られるようになりました。
少し足をのばして緑の潤いに包まれる場所へ出かける。高尾山で登山を楽しむ。花火大会や祭りなど祝祭性を体感する。季節ごとに八王子ならではの伝統や文化にふれられる。8月に開催される「八王子まつり」は八王子駅北口を中心に、精巧な彫刻が施された19台の山車が登場するなど、街全体が活気に包まれる祭り。躍動感や華やぎを間近で楽しめます。