LOCATION

POSITION

もう二度と出逢えないかもしれない
香里園町、最前邸。

現地周辺航空写真CG
枚方市香里園町に18年ぶり

枚方・寝屋川の両市にわたる京阪沿線珠玉の邸宅地「香里園」。
この地を象徴する枚方市香里園町に、
18年の永きにわたり、誰もが待ちわびた邸が生を受ける。

静謐に寄り添う高層の邸、駅最前の贅。

「第一種低層住居専用地域」に寄り添う穏やかな街並みにおいて、
高層という得難い価値を誇る邸。
それは駅最前というこの上ない利便、無二の贅をも手中にする。

用途地域概念図

山ノ手を愛する。駅前を謳歌する。

立地イメージイラスト
  • 駅へも快適、健やかなフラット
    ロケーション。

    山手の街にありながら、駅への平坦な道のりに恵まれたロケーション。 足取りも軽やかに、アクティブライフを支える。

  • 文教の街に息づくアカデミックな気風。

    美しい成熟を遂げた香里園は、香里ヌヴェール学院と同志社香里という二つのキリスト教系学校に代表される文教の地。

立地イメージイラスト
贅沢なまでの駅前商業施設で
アクティブライフを愉しむ。

再開発により街並みが一新された京阪「香里園」駅東側には、都市銀行や大学病院などの医療施設が充実。
さらに駅周辺に点在するショッピング施設、お気に入りに加えたいレストランやフィットネスクラブが暮らしを満ち足りたものに。

香里園かほりまち(徒歩1分/約80m)

HISTORY

時代に先駆け、進化を続ける
香里園111年の軌跡。

(明治39年)
「京阪電気鉄道株式会社」創立

創立の中心的役割を果たしたのは「日本資本主義」の父・渋沢栄一翁。京都と大阪を京街道沿いの町や村をつないで結ぶプロジェクトは、地域社会の発展に寄与するという渋沢翁の経営哲学に基づくもので、その志は時代に先駆けたまちづくりにより豊かな暮らしへの願いを叶えた香里園の底流に、今日も生き続けています。

(渋沢資料館提供)

京阪電鉄の
創立委員長
日本資本主義
の父
渋沢 栄一

(明治43年)
京阪本線開通とともに「香里」駅開業

大阪天満橋と京都五条を結ぶ京阪本線の開業により「香里」駅が誕生。「香里」の由来は古の地名「郡」に、菅原道真公が愛した梅花の「香」を当てたという説があります。

(左)京阪最初の電車<1型>
 (右)1960(昭和35)年頃の京阪香里園駅

(明治43年)
「香里遊園地」開園

沿線に有名寺社や景勝地を多く擁する京阪本線は観光列車としても人気を博しました。1910年には沿線の新名所として、「香里」駅近くに「香里遊園地」が誕生。およそ約2万8,000坪を数えた風光明媚な園では当時話題の菊人形が催され、初回興行に約60万人が来場。その後遊園地は移転して「ひらかたパーク」となり、そこに受け継がれた菊人形は「ひらかた大菊人形」として京阪沿線の秋を彩りました。

(左)香里遊園地
 (右)香里菊人形のアーチ<入口>

(大正9年)
京阪「香里園経営地」として住宅開発

1920年ごろから「香里遊園地」の跡地で住宅開発が始まり、1928年に「香里園住宅経営地」が誕生。大阪市内への交通利便性と良好な自然環境に恵まれた「香里園住宅経営地」は、「西の芦屋、東の香里園」と謳われました。

(昭和7年)
「香里ヌヴェール学院」開校
(旧:聖母女学院)

1930年代初頭、「聖母女学院高等女学校」が大阪市内より移転。「香里遊園地」の跡地での開校には、地域文化の振興に寄与するという京阪電鉄のまちづくり思想がありました。

(昭和9年)
「成田山大阪別院王院」創建

千葉県に総本山がある成田山新勝寺は弘法大師空海ゆかりの名刹。大阪でも別院創建を願う機運が高まる中、京阪電鉄が敷地を寄進。大阪別院は交通安全祈願で知られています。

成田山不動尊香里明王院境内御図(昭和戦前期)

(昭和22年)
「関西医科大学香里病院」開院
(旧:大阪女子医科大学附属香里病院)

戦後すぐに「大阪女子医科大学附属香里病院」が開院。「香里園」駅東側に位置したその敷地は大変広く、駅周辺の風景をカメラに収めると「病院がどこかに写る」と言われるほどでした。「慈しみ・めぐみ・愛を心の規範として生きる医人の育成」を建学の精神とする「関西医科大学(旧:大阪女子医科大学)」の附属病院は2010年、駅前再開発によって生まれ変わり、現在も最新かつ最善の医療により香里園の健やかな日常を支えています。

(昭和26年)
「同志社香里中学校・高等学校」開校

「同志社」の京都府外唯一の学舎「同志社香里中学校・高等学校」。校祖・新島襄は当初大阪での学校設立を目指し、香里園でその初心が叶えられました。男子校から男女共学となった学校には、明るくおおらかな校風が受け継がれています。

(昭和33年)
東洋一の大規模団地「香里ニュータウン」入居

総面積約141万㎡、5千戸に及ぶ計画戸数を誇った「香里ニュータウン」。東洋一の大規模団地と称された新しいまちは世界からも注目を浴び、アメリカのロバート・ケネディ司法長官が視察に訪れたほどでした。このまちびらきにより隣接地区の魅力が高まり、香里園周辺でさらに住宅開発が進んでいきました。

(左)香里団地
 (右)1962年ロバート・ケネディ司法長官が視察

(平成26年)
駅前再開発「香里園かほりまち」完成

2014年、「香里園」駅前が生まれ変わりました。「香里園かほりまち」と命名された駅東側一帯には、歩道や防災ゾーンといった都市基盤が整備され、さらに「住」「商」「医」の3機能が高度に融合。そして今、新しい街とともに、100年の歴史を重ねた香里園はより豊かな街へ、さらなる歩みを始めています。

スクロールすると香里園の歴史がご覧いただけます。

京阪沿線の珠玉。
香里園の矜持を受け継ぐ。

1920年代、自然豊かな郊外に近代的な生活様式を確立し、財界をはじめ各界の名士に愛された香里園。
色褪せることのない緑に豊潤な気品をたたえ、今もなお人びとの憧憬を集める。

現地周辺の街並み

※「枚方市香里園町」に建つ新築分譲マンションは18年ぶりとなります。(MRC調べ/2021年4月)
※現地周辺航空写真CGは、空中写真(国土地理院/2008年5月撮影/http//mapps.gsi.go.jp/maplibsearch.do)を基にCG加工を施したもので、実際とは異なります。
※掲載の立地イメージイラスト・用途地域概念図・地図等は略地図につき、省略されている道路や建物などがあります。
※徒歩分数表示については80mを1分として算出(端数切り上げ)した概算です。
※掲載の周辺環境写真(イメージ写真除く)は、2019年9月・2020年4月に撮影したものです。
※掲載の情報は、2021年6月現在のものです。